♯空き家に光を

最盛期には、駅の周りに寿司屋が2軒、魚屋が一軒、床屋が2軒、居酒屋が3軒、蕎麦屋が2軒、商店が2軒、豆腐屋が一軒、駅名も昔は朝生原駅だった。駅前にはタクシーやバスのロータリーがあった。いま残るのは、5軒になった。

「あそこは寿司屋、隣は魚屋で、そっちは食堂だった、ここも、そうだなあ50年前かなあ、そばとかラーメン作ってた。」

養老渓谷駅を出て踏切を渡ると駅の裏側に回ることができる。そこから梅ヶ瀬渓谷へ続く道沿いには、賑やかだった頃の面影が残る。

「旅館街があるだろ、昔はこの辺だけでも70人くらい、芸者さんがいた。」

朝生原には芸者さんを抱えるオキヤが何軒かあった。今は残っていない。温泉街の旅館も何軒かは廃業した。

「魚釣ってよ、釣った魚持ってよく行ったな、そこのスナックに。」

お店を使うのは観光客だけではなかった。朝生原の人もよく飲み歩いていた。

「今は兼龍がそこにあるだろ、みんなそこに行く。」

兼龍はこの通りで営業を続ける中華食堂だ。駅から見えないところにあるから観光客が気づかない。

平日の昼間だから、駐車場には軽トラが並んでいる。赤い暖簾をくぐるといらっしゃいと気持ちのいい女将さん。赤いテーブルとカウンター、べたつかない床、ピカピカに磨かれたステンレス。

「おまち」

洗面器のように大きなどんぶりが出てきた。

「宣伝しないでね、忙しくなるから」

朝生原には兼龍がある。